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筏blog

気をつける。

卒皇室

社会

天皇陛下が生前退位のご意向を示されたようです。

なぜそのようなご決断に至られたのか。

先日の参議院議員選挙の結果が関係あるのかもしれません。

改憲派に元首に祭り上げられそうな事への牽制なのでは?

それだけではないかもしれませんがタイミング的にそう思えました。

 

ちょっとだけ調べてみると歴史上譲位が行われたことはこれまでもあったとの事です。

それが大日本帝国憲法から崩御が前提となっていたそうです。

結構最近ですね。

 

ところで日本にはなぜ皇室が必要なのか?

それは日本という国に一つの歴史が存在しないからではないでしょうか。

 

英語ではシェイクスピア作品を当時のままの形(原文)で子供が読めるそうです。

(内容の理解は別として)

しかし同時期の日本の文章は大人であっても意味を理解することはおろか、読むことすらできない人がほとんどです。

日本語は他に類を見ないほど変化のスピードが早い言語であると言われています。

環境の面では自然災害も多く家屋も木造であることから100年以上前の建築物もほとんどありません。

(西洋の石造りと比べると)

さらに先の大戦で完膚なきまでに叩きのめされ、荒野になってしまった街からは歴史を受け継ぐ要素はほとんど失われてしまいました。

言葉も景観も大きく変化することが大きかった日本は歴史が何度も分断されていたのです。

そのように移ろいゆく日本の中で確かなアイデンティティー、精神の依り代が欲しい我々は皇室の万世一系にその機能を見出してきたのです。

しかしそれは日本人としての誇りを持ちたいが為に苦しい役割を皇室に押し付けているのでしかありません。

税金で暮らしていい気なもんだと批判する人もいますが冗談じゃない!

やめたくてもやめられないんだよ。

皇室の方々をその地位に縛り付けているのは僕たち日本人なのです。

そこに気付いてから皇室関連の報道を見ても「かわいそう」だとしか思えなくなりました。

新年にガラス張りの部屋から手を振る両陛下の見世物にされている感じ。

雅子さまに至っては周囲の圧力によって結婚させられ、男児を産むことを要求される。

まるで動物園のパンダみたいだよ。

それで精神が不安定になり公務を欠席すればバッシングの嵐。

もう恐ろしいわ。

 

昭和天皇が刺身を食べた後の醤油をご飯にかけて食べようとしたら止められた(焼肉のたれ説も有り)という話をほのぼのエピソードとして紹介している人がいましたが、僕はそんなことすら許されないのかと憤りを感じました。

みんなが守るべきだと思っている憲法の「個人の尊厳」の部分は、みんなが大切だと言っている皇室では保障されていないのです。

神のように崇めているつもりが人間以下の扱いになってしまっているのが現状です。

 

僕は今上天皇を敬愛しています。

とても御心の深い方で国民のことをいつも心配していてくださっています。

だからこそ同じように国民も気持ちを返さないといけないはずなんです。

本当に愛しているなら自由にしてあげないと。

縛ることが愛じゃねえだろ。

 

よく考えてみてください。

皇室が無くなっても日本は無くならないですよ。

歴史、文化で分断こそ多かったものの全てが失われたことはありませんでした。

それはなぜか?

先の大戦での焼け野原からここまで発展を遂げたのは、真面目な性格によって秩序を早く取り戻し、勤勉で職人気質の人々が技術を伝えたからではないでしょうか。

風情ある建て物が無くなってもそれ以前の記憶を伝えたのは当時の事を知る人々がいたからではないですか。

僕はそのようなことから「人こそ国」なのだと思うに至りました。

国があって人がいるんじゃない、人がいて国があるんだよ。

だから自分に自信と誇りを持てるようになれば皇室に依存する必要はないのです。

僕は皇室を「無くせ」と言っているわけではなく、国民がこれまでの皇室の役割を納得して「もういいよね。永い間お疲れ様でした」と言えるようにならなければいけないと主張したいのです。

GHQのような外部からの力で無くすのではなく、自分達で手放す決心をしなければいけません。

日本人は皇室を卒業して次のステップへと進むべきだと思います。

そうすることで日本人は今まで手にし得なかった「個人」を確立することができるのです。

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